2022年6月5日 礼拝内容要旨


2022年6月5日(天一国十年天暦5月7日)田中富広会長特別礼拝内容要旨 講話説教〔田中富広会長〕

「天苑宮建立勝利のための西東京教区特別礼拝」を教会もしくは自宅へのネット配信で視聴参加しました。

み言訓読
『環太平洋摂理と巨文道』1988年2月24日より
「イスラエル民族がバビロンに行って暮らし、そこから戻ってきて最初にしなければならないこととは何だったかというと、国を指導できる聖殿を建てることです。それでは、イスラエル民族は聖殿を建てて、何をしようというのでしょうか。自分の暮らしが問題ではありません。国を取り戻さなければならないのです。イスラエル民族がカナンの福地に来たのは、国を求めて来たのです。建国のためだったというのです」

原理講論 P.472より
第4章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代
第3節 統一王国時代とキリスト王国時代 より
イスラエル民族が、エジプトから解放されてのちのモーセの幕屋理想は、統一王国に至って初めて、国王を中心とする神殿理想として現れ、王国をつくったのであるが、これは、将来イエスが、実体神殿として来られて王の王となられ、王国を建設するということに対応する形象的路程であった(イザヤ9章6節)。それと同じく、キリスト王国時代においても、キリスト教信徒たちが、ローマ帝国から解放されたとき、聖アウグスチヌスによって、そのキリスト教理想として著述されたところの「神国論」が、このときに至って、チャールズ大帝によるキリスト王国(チャールズ大帝のときからのフランク王国)として現れたのであるが、これは、将来イエスが王の王として再臨せられ、王国を建設するということに対応する形象的路程であったのである。それゆえに、この時代には、国王と法王とが神のみ旨を中心として完全に一つになり、キリスト教理想を実現することにより、イエス以後、「メシヤのための霊的基台」の上で、法王を中心としてつくってきた国土のない霊的王国と、国王を中心とした実体的な王国とが、キリスト教理想を中心として一つとならなければならなかったのである。

This entry was posted in 今週の礼拝. Bookmark the permalink.

Comments are closed.